物理実験・計測のための電子回路の工夫
ダイオード温度計の理論的考察と温度計の試作
 
 

1.はじめに

 パソコン・プロジェクターが設置され、カラーCMOSカメラが3000円程度で購入でき,演示実験の手元をプロジェクターで拡大表示するのにも利用できるようになった。カメラ・パソコン・プロジェクターの組み合わせは黒板の欠点を補ってくれる。またデジタルテスターなどもパソコンに接続できるのが当たり前なので,少しの工夫で色々な実験に応用できる。

 

2.基礎知識

 ブラックボックス化された機器を使うので,ある程度機器の特性を理解しておくことは不可欠である。A/D変換器や,電子回路の自作には色々な落とし穴がある。今までの体験をもとに少し説明する。

(1)A/D変換器

 A/D変換器には変換速度,分解能,直線性,ノイズに対する振る舞いなど考慮する必要がある。変換速度に関しては,逐次比較型のA/D変換器は数μ秒で変換できる高速な物も安値に入手できるが,変換中に信号が変化すると大きな誤差になる。サンプルアンドホールド回路やローパスフィルタを入れるのが常道であるが,自作で見かけることはない。高速な信号をパソコンに取り込みたいときはオシロスコープの画面をデジカメで撮影するのが最も手軽である。音声帯域の信号ならばパソコン標準のサウンドボードで十分である。

 逐次比較型の特性として,微分非直線性誤差が大きい問題点がある。これは各チャンネルの幅が違ってしまうことで,放射線計測でのスペクトルアナライザー等には利用されない。放射線のエネルギーを波高に変えて,A/D変換し,変換した波高をチャンネルとして頻度を計測することでスペクトルを表示させるので,チャンネルの幅が違ってしまうとスペクトルの形がゆがんでしまうためである。

 デジタルテスターなどで利用されるA/D変換器は積分型で,入力された信号を積分する。変換速度はあまり速くなく,秒のオーダーになる(1秒間に10変換程度)。しかし積分時間を20m秒と16m秒の公倍数に選んでいるので積分することでノイズ(電灯線からの交流信号)をキャンセルするためノイズに強い方式である。

 1万円程度の外国製デジタルテスターでも分解能が3 3/4桁,フルスケールで4000カウント(12ビット)ほどある。精度は0.3%+1dgtで,1カウント0.02%の分解能であることと比較すると精度は悪い。アナログ式のような読み取り誤差はないが,最後の1桁は必ず誤差を含んでいることも忘れてはいけない。言うまでもないが生徒実験で利用する電圧計など2%程度の誤差を含むことと比較すれば十分な精度である。

 デジタルテスターで交流電圧を測定する場合,直流電圧に比較して精度は低下する。周波数特性もよくない。アナログ式の交流電圧計も同じであるが,真の実効値を測定できない。(真の実効値を測定するテスターもある)波形が正弦波からずれると大きな誤差となる。外国製のデジタルテスターで同じ箇所の電圧を測定したとき,全てのテスターが違う値を示した。精度から考えて当然の結果である。ただ針式では読み取れない差であってもデジタルでは明確に現れてしまう。

(2)電子回路

 OPアンプとトランジスターの使い方をマスターすると色々な実験装置が自作できる。ICの性能が向上したので入力インピーダンスが10オームの電圧計も容易だ。手間はかかるが,回路を金属のケースに入れるとノイズの影響も受けづらくなる。ケース加工は工作の楽しさが味わえる。

 

 電子回路は色々なノイズの影響を受ける。電磁誘導をさけるために線はよじるなど,物理の法則を総動員する醍醐味がある。ICの電源端子とグランドの間には必ずコンデンサーを挿入することなど回路図には示されていないノウハウもある。デジタルテスターにアダプター形式で色々な電子回路を付加すると,測定の範囲が拡大し色々な実験に利用できる。

 みの虫クリップで回路を組んで実験をするが,接触不良がけっこう問題になる。接触抵抗には電流依存性があるようで,微少な電流を流す回路では接触面で非線形な抵抗が表面化する。あまり知られていないがスイッチは,最小電流規定がある。スイッチはON・OFFするときに火花がでて,常に接点の表面を洗浄している。さらに接触抵抗と摩擦の間には深い関係があり,再現性がなかなか得られない厄介な問題である。小学生の時,ハンダ付けせず,線をよじってラジオの回路を組んだ。全く聞こえなかった。今から考えれば当たり前である。

(3)電源

 生徒実験で電源としてもっとも手軽なのは乾電池である。単一電池は内部抵抗が約0.15Ω程度で,最大電力発生時に5A程度の電流を取り出せる。ただし電池ボックスには注意が必要で,模型店などで売られているスプリングが接点の電池ボックスは,接点の抵抗が大きく0.5Ω程度ある。従って全く電流が取り出せないばかりか,大電流を流そうとすると電池ボックスが溶ける場合がある。

 電源には2種類ある。1つは定電圧電源で電流を流しても常に一定の電圧を維持する電源で、見かけ上内部抵抗がゼロの電源である。2つめは定電流電源で負荷抵抗を変えても常に一定電流を流そうとする電源である。見方を変えると内部抵抗が無限大の電源となる。定電圧電源は出力をショートさせるとまずいが、定電流電源はオープンにするといけない。殆どの電源装置は定電圧電源であるが,保護回路として電流制限回路が内蔵されている。またその電流値を可変できるものがある。保護回路が動作する負荷をつなぐと定電流電源として動作する。直線電流の周りの磁界を観察するような用途では定電流電源として使うと安定に電流を流せる。また,定電流電源で駆動したモーターは一定トルク(一定の力を発生する)発生装置となる。

3.パソコンを利用した計測の工夫

 およそ10年前はNEC,PC-9801を使い,A/D変換器を自作して利用していた。計測ソフトはQBASICで記述した。しかし自作するにはハードルが高く,またソフトも汎用性にかけ,作った本人以外は使えない代物であった。実験で生徒に利用させるには無理があった。現在はWindowsNT系にOSが進化したため,インターフェースボードの自作はほぼ不可能な時代になったが,シリアルポート,USBでデジタルテスターもパソコンに接続することが可能で,手軽に利用できるようになった。またBASICに変わってExcelが利用できるので,誰でも簡単に使える環境がそろった。ExcelのマクロとしてBASICも残っているので今までと同じこともやろうと思えばできる。またExcelの表に測定データを入力させる程度なら生徒でもできるので,生徒実験の測定データを入力させてグラフ化させるのは容易だ。

 METEX社製DIGITAL MULTIMETER M-3870D(秋月電子通商で購入できる)はシリアルポートでパソコンに接続できるデジタルマルチメータで計測ソフトも同封されている。これをUSB−シリアル変換器でUSBハブに複数接続した。計測ソフトとしてフリーソフトであるTs Digital Multi Meter Viewerを利用した。(http://home4.highway.ne.jp/ts_soft/product/tsdmmviewer/)

 USB-シリアル変換器(秋月電子通商)の利用で複数台のデジタルテスタが利用できる。RS-232Cで接続する場合,電気的に絶縁されているかが重要になってくる。M-3870Dは何も示されていないがテスターのΩレンジで調べた範囲では絶縁が確認できた。(完全な絶縁ではないようだ。SANWA,PC510デジタルマルチメータはフォトカプラーで完全に絶縁されている。)絶縁されていることは極めて重要なことで,複数のマルチメーターをオンラインで計測する場合に,電位の異なる点の電位差を測定できることを意味している。もっと簡単に言えば回路に自由に接続できることを意味している。

(1)コンデンサ−充電電流の測定

 Ts Digital Multi Meter Viewerを2つ起動し,順にスタートさせて計測した。ソフトからのサンプリング時間は1秒である。約2分の測定後,それぞれの測定データをCSV形式でファイルに保存,Excelで読みこんでグラフにした。測定データには計測時刻が挿入されているので,上下にずらして時刻を合わせることで一応同時性が保たれる。測定の実態配線図のように,2つのテスターの測定点の電位は違っていても問題にはならなかった。

(2)豆電球の電流−電圧特性の測定(非線形抵抗)

 図のように接続し,計測をスタートさせ,電源装置の電圧をつまみをゆっくり回して徐々に上昇させて測定した。測定点の間隔がバラバラなのは,手回しで電圧を可変させているためである。

(3)ランプ波発生回路

 電源装置の電圧を手動で変化させるかわりに,時間とともに電圧が上昇する回路を作った。電源装置と負荷の間に挿入する回路で約0.5Aまでの電流を流せる。回路を電源装置(3V以上)に接続して,スイッチをOFFにすると時間に比例して電圧が電源電圧−1V程度まで上昇する。この回路を付加して測定したのが右のグラフで,測定間隔の不揃いが解消される。

 このランプ波発生回路はパワートランジスタの放熱をかねてアルミのケースに組んだ。この装置でダイオードの特性を測定した。

 

 

 

 利用しているのはPentiumU 550MHzでOSはWindouw98で,一昔前のパソコンである。利用しているデジタルテスターはM-3870Dである。Ts Digital Multi Meter ViewerにはこのテスターではI/Oデータ製USB-シリアル変換アダプターは利用不可となっているが,秋月の変換アダプターでは動作した。しかし時々データの取りこぼしがおきる不都合が生じた。CPUパワー不足の可能性もあるので,Ts Digital Multi Meter Viewerのアナログメータの表示やグラフ表示をOFFに,またAUTOの設定を解除するなどで対応している。はっきりした原因は不明であるが使い続けるうちに安定する。なおSANWA PC510は全く問題なく動作する。

(4)水波投影機

 波の干渉で水波投影機を使う時,振動数を滑らかに可変できる波源を製作した。自作の低周波発信器に2つのスピーカをつないで波源とした。

はじめは,波の干渉の様子を波と同期する光源で止めよう考えてスタートしたが,プロジェクターが利用できるようになったのでビデオカメラ(デジカメでも可)で撮影することを行った。フレームレートと波の振動数の関係を微妙にずらすことで,静止させり,スローモーションのように波が広がりながら干渉していく様子が観察できる。OHPと同時にカメラで水面を撮影しビデオ出力をプロジェクターに投影して使う。なお,波源の振動数はそれほど高くできないので,ビデオカメラの場合,ノンインターレスに設定するとはっきり止まって見える。その意味で多くのデジカメのビデオ出力は15fps程度でノンインターレス表示されるので都合がよい。すこしお金をかけて,大型のスピーカを使い,振動を伝えるアームを工夫すると良い演示実験装置ができると思う。現在研究中である。

 

                 

 

(5)温度の測定

 M-3870Dには熱電対が付属している,この温度センサでペルチェ素子の両面の温度を測定した。

 付属の熱電対では-40〜1200℃まで分解能1℃で測定できるが,室温での分解能が不足する。そこでダイオードの順方向電圧の温度変化を利用した温度計を製作し測定した。100℃以下の温度で0.1

℃の分解能を有する。なお,-40℃〜40℃未満ならば0.01℃の分解能で温度が測定できる。この分解能では,温度センサーであるダイオードに手をかざすと温度が変化するほど微妙な温度が測定できる。温度差を測定するような実験,たとえば太陽定数測定の温度計に利用すると実験時間が節約でき,さらに測定精度が向上すると思う。

 製作はユニバーサル基盤を使った。配線は抵抗などの足の残りを曲げておこなった。大量に製作する場合はプリント基板が便利であるが。試作品の製作はこの方式が便利である。なお,インピーダンスの低い回路でありケースに入れる必要性を感じなかった。プラスチックの箱で間に合う。

4.ダイオード温度計の考察

 シリコンダイオードの順方向電圧降下は約−2.2mV/℃の温度変化をする。サーミスターと比較して直線性は良好で,リニアライズをほどこさなくとも室温程度の範囲では十分実用になる。最近のCPU内部にはコアの温度測定用にダイオードが内蔵されていて,過熱防止や温度モニターに利用されている。このことでダイオードで温度が測定できることを知った人も多いはずだ。プレナー型のPN接合ダイオードは良好な特性を示すと言われている。シリコンスイッチングダイオード1S1588を利用して何度も温度計を製作したことがあるが,アルコール温度計との比較で精度の確認を行った限りでは特に問題点は見いだせなかった。トランジスター回路の動作点が温度によって変化し,安定化するために色々と回路を工夫することは初歩の電子工学で述べられているが,順方向電圧降下の温度変化の原理はあまり詳しく述べられていない。そこでいくつかの教科書を調べ,実際のダイオードの特性を実測して順方向電圧降下の温度特性を調べることにした。

(1)ダイオードの順方向電圧の温度係数

 どの程度の直線性が得られるのか不明である点が少し気になる。実測で確認できればよいのだが,精度よく温度を測定し電圧降下を測定するのは困難である。まず理論的に検証することにした。

 ダイオードに順方向電圧Vをかけると,n型領域からp型領域に向かって電子が拡散していく。p型領域の入り口部分では,P型領域の熱的に励起した少数キャリアである電子の密度np0の   exp(qV/kT)倍に電子密度が上昇する。しかし多数キャリアである正孔と再結合してp型領域に進入するほどに減少していきnp0レベルに戻る。このようにして流れる電流を拡散電流という。高濃度側から低濃度側に拡散する単位時間・単位面積あたりの電子の数(拡散量)は濃度勾配に比例する。

           

ここでDnは拡散係数,Lnは平均拡散距離という。この事から電子の拡散電流Jnは次式で示される。

                      

同様に正孔の拡散電流も加わるので,トータルの拡散電流J(単位面積あたりの電流)は    

           

ダイオードの接合面がSであるとすると I=JS と表すことができる。従ってダイオードの両端に順方向電圧Vを加えたときに流れる電流Iは@式で与えられる。

               @

は逆方向飽和電流で,ダイオードに逆方向に電圧を加えたときに流れる非常に小さな電流である。

               A

は熱的に励起された少数キャリア濃度に比例する。 p0n0 はP型半導体の電子,N型半導体の正孔の数である。

 小数キャリアの数は,質量作用の法則から,真性半導体のキャリア数nからB式で得られる。

               B

NA:アクセプタ数,ND:ドナー数である。ここで単純化するために

               B’

B’式を仮定することにする。半導体とは温度が増加すると電流の担い手が増加し,電気抵抗が小さくなる物質を言うが,キャリア数が,熱によって励起され,温度が高くなると増加することに起因する。そして小数キャリア数は,真性キャリア数の二乗に比例して変化する。

 熱によって励起され生じる真性キャリア数はMaxwellの速度分布則からC式で示すことができる。

               C

h:プランク定数,m:電子,正孔の有効質量,Eg:バンドギャプエネルギー(シリコンで1.21eV)

 以上の理論はダイオードに流れる電流が拡散電流の場合について考えてきたが,ダイオードに流れる電流は空乏層内で起こるキャリアの発生・再結合電流も生じる。文献(8)

 具体的にどの程度の割合になるかは不明であるが,整理すると

     拡散電流    : I∝n{exp(qV/kT)−1}

     再結合電流   : I∝n {exp(qV/2kT)−1}

このように表される。多くの教科書では理想因子nとおいてこれらをまとめ

             I=Is{exp(qV/nkT)−1}

と表している。

 しかし,これでは,温度係数に係わる熱励起される小数キャリアの数が真性キャリアの自乗か1乗かで大きく異なるため,順方向電圧の温度依存性を見積もることは難しい。そこで温度計のセンサーとして利用しているダイオードはスイッチングダイオード1S1588であり,文献(7)によると,スイッチングダイオードは,変化が緩慢な拡散電流が流れにくく,n値が1から離れるとある。このことから再結合電流が支配的であると仮定し,従って小数キャリア数は,真性キャリア数に比例,理想因子nと置いて考察することにした。

 @式を温度Tにのみ着目し,温度に無関係な部分をA,Eg=qV’として整理すると。 

                 D

 D式をVについて解く。ただし常温ではexp(qV/kT)>>1であるので1を無視した。

               E

 ここで,1S1588の電流-電圧特性を実測した。次のグラフが測定結果である。電流−電圧特性は理論的にD式で示されるから,Excelのグラフより散布図を選び,近似または回帰の種類で指数近似曲線を選択,数式を表示させ,実験式の係数を求めた。23.2℃で測定した結果とD式を比較すると

より

      α , β   

β式でq =1.602×10−19C ,k=1.381×10−23JK−1 を代入し計算するとq÷(T)=39.3で,分析結果20.89はほぼ1/2倍の値であ。従って理想因子n=2とすることが最も合理的である。

そして1S1588を温度計として動作させる電流領域ではD式はD’,E式もE’になると考えることにする。

              D’

             E’

 次に実験式で得られた係数を使って,常温といえる23.2℃の係数をもとにAを計算した。なお,他の温度の係数でAを計算すると値は違ってくるが,温度係数の温度変化には影響はない。V’=1.21V,T=273+23.2Kを代入し22.3℃での係数でAを計算すると。A=7.20×10−3 となる。

 温度係数に興味があるのでE’式をTで微分する。

             F

次にE’,Fに数値を代入して計算すると。GH式になる。

            G

            H

 実測したダイオード電流・電圧特性の分析結果得られた値を使って,I=Iexp(αV)からV=α−1ln(I/I)と解いて実測した温度での100μ〜0.1mAまでの電流値での順方向電圧を計算して,順方向電圧の温度・電流特性をグラフ化した。

 G式のlnTをln273(1+t/273)とおくと,常温ではln(1+x)≒xと近似できるので順方向電圧の温度・電流特性のグラフから,順方向電圧Vは摂氏温度tの2次式として分析を行った。

 

 

 次にこのようにして得られた実験式(2次式)を,tで微分すると温度係数の電流・温度特性が得られる。

なお順方向電圧の温度・電流特性のグラフををマイナスに延長すると絶対温度で交差し,V’を示すはずであるがtの2次式で近似したことから,−180℃を示している。ところで,同じように順方向電圧の温度・電流特性から順方向電圧Vは摂氏温度tの1次式であると仮定して近似すると,それぞれの直線を延長して交差する温度はおおよそ-250℃となりより絶対零度に近い。この近似は温度係数が温度によらず一定であると仮定した場合にあたる。そしてダイオード温度計の直線性は良好であることを示していると言える。

 

順方向電圧,及び温度係数の電流・温度特性の実験式を求めると次のようになる。

順方向電圧の実験式

温度係数の実験式

 次にG,H式から同様のグラフを作図すると次のようになる。

  順方向電圧の温度・電流特性のグラフをみると電流値を変えたときの順方向電圧の変化はかなり実験結果とにている。次に温度係数の電流・温度特性のグラフを読むと,やはり電流値に対する温度係数の変化は実験結果と同じ傾向を示している。しかし,温度による温度係数の変化は実験結果と比べると大変小さく,実験結果をうまく説明していない。

                       

 

  理想因子の温度変化をグラフにするとわかるように,温度により理想因子は大きくは変化していない。しかしダイオードに流れる再結合電流と拡散電流の割合が変化することも予想できる。単純な理論式では実験結果をうまく説明できないのかもしれない。

 

 再結合電流が主である場合の理論式として

    

    

 拡散電流が主である場合の理論式として

     

    

このように式を切り替える必要があると考えられる。今回は再結合電流がうまく当てはまる場合であるが,文献(7)によるとトランジスターのB-E間の順方向電圧を利用する場合理想因子n=1となるものがあるようなので,このような素子を用いるとき拡散電流が主として考えるとよいだろう。手持ちの2SC1815で測定するとn=1.19となった,今後詳しく実測して確認したい。

(2)温度係数の測定

 順方向電圧を電流を一定にして,温度変えながら直接測定することで順方向電圧の温度特性を測定した。温度を正確に測定することが要求されるので,断熱容器にお湯を入れて測定する方法を最初は用いたが,常に熱が流れ出るため温度が徐々に下がり,短時間に測定する必要がある。しかしダイオードの温度と温度計の温度がお湯と熱平衡に達するにはある程度時間がかかる。そこで,簡単な恒温装置を製作して温度変化を測定した。(ダイオード電流−電圧特性もこの恒温装置で測定した。)

 ダイオード温度計の出力をコンパレーターで設定電圧と比較し,温度が高くなるとトランジスターをオフにして温度を一定にする仕組みである。発熱体とダイオードセンサーを熱的に接合,測定用ダイオードと温度を測定する電子温度計のセンサーを熱接合,最後にそれぞれを熱的に接触させ全体を断熱材で覆った。設定した温度に発熱体が達するとON・OFFを繰り返し,徐々にONの時間が短くなってくる。ダイオード温度計にコンパレーターを組み合わせた回路なので発熱体の温度も表示されるので,温度がONの時に上昇し設定した温度をわずかに超えるとOFFになる動作をする。発熱体の温度は変動するが,測定用ダイオードとの間に熱抵抗があり,測定用ダイオードの部分に熱容量があるのでこの温度変化は温度測定用の電子温度計ではみられない。ONの時間が短くなるほど温度の上昇の度合いがゆっくりになるので,数分待って温度の変化がなくなったことを確認して温度とダイオードの順方向電圧を測定する。

(3)測定結果

 

 測定した温度に対する順方向電圧の値からExcelのグラフから散布図を選び,近似曲線として2次多項式で近似し分析をおこなった。

 解析結果   t:摂氏温度℃

 電流:100μA

                          dV

V=−1.45×10−6−2.24×10−3t+0.5753    − =−2.90×10−6t −2.24×10−3

                          d t                

 電流:300μA

                         dV

V=−4.05×10−7−2.18×10−3t+0.6244    − =−8.10×10−7t −2.18×10−3

                         d t

 解析結果と理論値を比較した。右のグラフのように温度係数は温度が上がると大きくなることが確認できる。特に300μAの電流では傾きが殆ど同じである。理論と実測の間のずれはF式でA=7.20×10−3 としたことによる影響である。

 

 なお,ダイオード温度計に利用するダイオードは個々に特性が微妙に違ってくるので,ダイオードを交換するごとに調整が必要である。    

(4)ダイオード温度計の精度

 ダイオード温度計は0℃でゼロ点を調整し,100℃で1Vになるように調整する。従って理屈の上では0℃と100℃で誤差がゼロとなる。理論式で得られた順方向電圧の温度変化の式で,0℃と100℃の電圧を均等に分割した電圧が示す温度と実際の温度の差をグラフにすると,最大0.5℃の誤差が生じることがわかる。校正する温度を変えれば±0.25℃程度の誤差と考えられる。      

   

 温度係数は温度が高くなると大きくなる。逆に電流を多く流すと温度係数は小さくなる。そこで温度が高くなると電流を多く流すようにすると打ち消すことができる。ダイオードの順方向電圧は温度が高くなると小さくなる。そこで図のように単に抵抗で接続すれば温度が高くなると電流が増加し誤差を打ち消す。0℃に対して100℃で1.35倍に電流が増加すれば誤差が小さくなる。シミュレーションの結果1.2Vに2.2kΩの抵抗を接続すれば実現できる。このとき最大で0.15℃,校正する温度を変えることで±0.1℃程度に精度を向上できる。

5.電流切り替え法によるダイオード温度計の製作 

 ダイオードを使った温度計の優れているところは,手軽に作ることができ,しかも実用上十分な直線性を有していることにある。しかしダイオードを付け替えたときはその都度校正を行う必要がある。同一型番のダイオードでも製造の過程で必ずばらつきができるからである。E’式で定数Aとおいたところが個々のダイオードで違ってくる。また温度係数が温度の一次関数(電圧変化が温度の2次式)になっているところも気にならないと言えば嘘になる。

 ダイオード温度計で利用しているダイオード1S1588は100本袋詰めが200円程度で購入できる。実験のたびに温度センサーが破壊されても懐は殆ど痛まない。もし,ダイオードを交換しても校正が不必要ならば大変便利である。

  E’式で同一ダイオードで温度Tの時,電流I,Iを流したときのアノード,カソード間の電圧をVVとする

E’

E’

 次にE’−E’ を計算すると1,2,4項目がキャンセルされる。

ここでI=NIとおくとI式を得る。

I

 この式から,電流を切り替えて,そのときの電圧の差をとれば絶対温度に比例した電圧が発生することになる。理論的に非直線性による誤差は発生しない。しかもAを含む項目が消去されるので個体差もキャンセルされる可能性がある。

 I式にN=4,q =1.602×10−19C ,k=1.381×10−23JK−1 を代入すると

ΔV=0.239×10−3

1℃の温度変化で239μV変化する。273Kで65.2mV,373Kで89.1mVとなる。順方向電圧の温度変化と違って温度が上昇すると値は大きくなる。この理論に従って温度計を製作すると,ダイオードに流す電流を一定の周期で切り替え,ΔVを交流(矩形波)として発生させ,交流増幅→整流・平滑→オフセット電圧を与えれば摂氏温度に比例した電圧を発生させるダイオード温度計が作れる。

 そこでこの原理で温度を測定するダイオード温度計を試作した。原理的に非直線性は存在しないが,温度係数が約0.2mV/℃と小さいため,順方向電圧降下の温度係数を利用した温度計と比較して複雑になる。しかし,I式が正しいか検証する目的とダイオードを交換しても校正が不要になるのかに興味があり温度計を製作した。

 (1)回路の説明

 約0.2kHzの同期信号に同期して,100μと400μAの電流を切り替えて温度測定用のダイオードに流すことで,交流としてI式で示された電圧が発生する(Peek to Peek)。コンデンサーで直流分をカットし,85倍増幅すると温度が0℃で約5.5V(PP)の交流電圧になる。この交流信号(矩形波)を同期信号にあわせてスイッチをON・OFFして検波し積分すると直流約2.7Vになる。積分器の出力を2.7Vずらすと出力が0℃で0Vに,100℃で1Vの直流電圧が発生する。

 

 

 右はダイオードに104μ,406μA(実測値)の電流を1.3kHzで切り替えて流したときのダイオード両端に発生する交流電圧をオシロスコープで観察した写真である。(後に0.2kHzに変更)オシロスコープは交流結合で測定しているので,順方向電圧の0.6Vはキャンセルされ,交流成分のみ表示されている。方形波の谷から山までの電位差は約64mVでほぼ理論で示された値である。

 回路はユニバーサル基盤で製作した。写真の右側の基盤が発振回路と定電流回路,左の基盤が増幅・同期検波・オフセット発生回路である。回路図には示していないが+5Vは3端子レギュレータで安定化した。使用した抵抗は安価な炭素皮膜抵抗(100本/100円)だが金属被膜抵抗(10本/200円)が望ましい。

         

 製作した温度計の回路が上図である。初めの計画ではオペアンプとダイオードを組み合わせた絶対値回路で交流信号を直流に変換することを考えていたが,必要になるオペアンプの個数を見積もると差がないので,同期検波回路を試すことにした。

 同期検波回路とはロックインアンプの心臓部に使われる検波方式で,雑音の中に埋もれた信号を測定するのに威力を発揮する方式である。しかし,今回はそれほど要求される性能は高くないので単なる趣味で採用したと考えてもらいたい。

(2)回路の動作説明

 74HC14で約0.2kHzの同期信号を発振させる。50kの半固定抵抗で矩形波のデュ−ティ比を調整する。2SA1015で定電流源(カレントミラー)を構成し,(5−0.6)÷(4.7k+39k)で設定した電流が温度測定用ダイオードに流れる。Tr1がONすると電流は約400μAに変化し,ON・OFFの繰り返しでダイオードにはI式で示した矩形波が約0.6Vの電圧に上乗せされた形で発生する。コンデンサーで直流分をカットし,オペアンプLF412で信号を増幅する。LF412に接続された50kの半固定抵抗は増幅率の調整用である。P型JFET,2SJ40を同期信号に同期してスイッチングし同期検波・積分することで直流電圧に変換する。なお,FETにつないだ同期信号を逆に接続すると,直流電圧の±が逆転する。最後に電圧をずらして0℃で0Vとなるように3.3kの半固定抵抗で調整する。

 最初,同期信号は約10kHzとしたが,オペアンプのスルーレートの問題で波形が鈍るため1kHz程度に下げた。さらにJFETのスイッチングでひげ状のノイズが混入しオフセット電圧が発生することが確認できたのでさらに下げ,約0.2kHzで落ち着いた。電源は006Pを2つ使い,±2電源とし,3端子レギュレータで定電流源,オフセット電圧調整の電圧を安定化する。

 なお,出力段のオペアンプに直列に入れた680Ωの抵抗を省くと,容量性の負荷を接続したときオペアンプが発振するので忘れずにつける必要がある。動作が不安定な場合,オペアンプが発振している可能性があるので注意したい。

 温度の校正は0℃と100℃の2点間で行い,0℃でオフセット電圧を調整し100℃でアンプの増幅率を調整する。増幅率を調整するとオフセット電圧も変化するので,この調整を繰り返し行いあわせ込むようにする。実際には100℃は徐々に温度が下がってくるので,電子温度計で水温をモニターしながら行った。

 今までのダイオード温度計の校正は,ダイオードを直接水中に浸して行っても特別な問題は発生しなかったが,交流で測定するこの方式では,水に浸すと振幅が変化し,波形も崩れた。従って,ダイオードのアノード側の導線が露出している部分に接着剤を塗って絶縁する必要があった。

(3)製作結果

 試作したダイオード温度計は,ほぼ理論どおりの動作をした。利用した部品が手持ちの汎用品で,オフセット電圧,増幅度調整の半固定抵抗の安定性に不安があるが,問題なく動作する。ダイオードを取り付け校正した後,アンプの増幅率,0℃の時のオフセット電圧を測定して理論をどおりか確認した。その結果 アンプの増幅率=87.6倍

           オフセット電圧=2.54V(0℃)      という値であった。

 

 ダイオードを交換して再校正が必要か確認したところ,残念ながら6℃程度の違いが生じた。しかし,オフセット電圧を調整するだけで正しい温度を表示するようだ。氷水に浸して0℃にあわせるか,わきの下にはさんで30℃に設定するなどで相応の誤差を許せるならばある程度校正が完了する。なお,今までのダイオード温度計は部品点数が節約できる回路構成としたが,オフセット電圧調整で増幅度が変わらない回路にすると同程度の調整のしやすさになることは十分に予想できることを付け加えておく。

 製作した温度計はまだ作り込みが足りないため完全な状態ではないが,もう少し注意深く研究すると不完全なところが見えてくる。たとえば手持ちの部品で製作したため,利用した部品の温度変化によって表示が変化する等の問題点があげられる。

 ダイオードの順方向電圧の温度変化について,いくつかの教科書を参考に調べてきたが,その理論を元に電子回路を製作して動作を確認した。理論的に若干の問題は指摘される危惧を持ってはいるが,最終的なゴールとして何か物を製作するスタイルはスマートではないが説得力があると考えている。そしてなによりも,理論的に導いた式を基に電子回路を製作して,期待どおりに動作したことはうれしさもひとしおである。

 

 

 

6.参考文献 

     (1)宇野良清訳,キッテル固体物理学入門下,丸善(株)

     (2)黒部貞一,小川吉彦:電子工学概論,朝倉書店

 (3)高橋寛[監修],絵ときでわかる半導体デバイス,株式会社オーム社

     (4)岡村迪夫,定本OPアンプ回路の設計,CQ出版社

     (5)トランジスタ技術SPECIAL NO.1特集個別半導体素子活用法のすべて P11,CQ出版社

     (6)原島鮮,熱力学統計力学,倍風館

 (7)落合直記:ダイオードによる高確度温度計の実験,トランジスタ技術2000年6月号,P293~302,CQ出版(株)

     (8)ダイオードのモデリング,http://jaco.ec.t.kanazawa-u.ac.jp/kitagawa/edu/vlsi/spidev/diode.html