DC−ACインバータの製作 (夏休みの自由研究)
栃木県立宇都宮清陵高等学校
中 村   修

 太陽電池や燃料電池など出力は全て直流ですから,実際の利用を考えると交流に変換する装置,インバータが必要になります。このような背景からインバータを製作してみました。製作するに当たってトランスをどのように設計すればよいのかを調べてみました。自作する場合の参考になればと思います。



 

1.DC−ACインバータの回路構成

 2種類のインバータを製作しました。1つは直流12Vを55Hzでスイッチングし,電源トランスで100Vに昇圧する方式。2つ目は直流12Vを約80kHzでスイッチングして高周波トランスで昇圧,直流約140Vを作り,さらに55Hzでスイッチングし交流を作る方式です。

2.トランスの設計

 低周波トランスは,手持ちの電源トランスを利用しました。スイッチング周波数が低いので,MOSFETのスイッチング損失は無視できるほど小さくなりますが,トランスの性能で効率が大きく変わります。通常の2次巻線を1次側にするので,容量の大きなものでも励磁電流が大きく,使いづらい物もありました。

 高周波トランスは,仕様にあった物はほとんど入手できませんので自作する必要があります。設計の仕方がイマイチわかりませんでしたが,色々調べた結果どのようにすればよいかがわかりましたので説明することにしました。

(1)磁気回路

 磁気回路を考えます。起磁力とはコイルの巻き数×コイルを流れる電流で計算します。磁気抵抗とはコアが持つ磁気に関する抵抗です。磁気抵抗Rmのコアに,起磁力NIを与えると,磁束φはオームの法則の電流と同じように計算できます。

 コアの断面積がAであった場合,磁束密度BはφをAで割り算して計算します。

 この磁束密度がトランスを設計する上で重要になってくる値です。

 磁気抵抗Rmは抵抗率と同じような形の式になっています。

 ここでμ:コア材の透磁率 A:コアの断面積 l:コアの磁気回路の長さを表します。

 コアにコイルを巻くと,インダクタンスLを示すようになります。インダクタンスの定義から

となり磁気抵抗の逆数になります。磁気抵抗の逆数をP:パーミアンスと言います。これはコアに1回コイルを巻いたときのインダクタンスを表します。AL値としてコアの規格表に示してあります。

 コアにN回のコイルを巻いたときのインダクタンスLは巻き数の2乗に比例します。 

(2)交流のオームの法則

 インダクタンスLのコイルに周波数fの交流電圧Vを加えたときに流れる電流Iは

で示されます。コイルに流れる電流は電圧と位相がずれているのでエネルギーは消費しませんが,コイルに対して電源になっている装置では無駄なエネルギーを消費してしまいます。

(3)コアの磁束密度

 図の様なコアにN回のコイルを巻いて交流電圧Vを加え,電流Iが流れたとすると,コアの磁束密度Bは周波数f ,巻き数N,コアの断面積Aの積に反比例します。

 交流電圧Vは実行値です。ピーク電圧は√2Vとなるので,磁束密度のピーク値は

 この式がトランスを設計するときに使われるもっとも大切な式です。磁束密度の単位はT(テスラ),断面積Aは平方メータです。しかし,ガウス,及び平方センチメータを使う場合も多いようなので,単位を変換すると

ただしB:ガウス,A:平方センチメータ   となります。

(4)1次コイルの巻き数

 トランスは1次:2次コイルの巻線比で電圧を自由に変えられることは誰でも知っている法則です。しかし何回巻けばよいのか,その根拠を知らない人が多いようです。(私もその一人でした。)

 トランスは必ず強磁性体のコアにコイルを巻いて作ります。しかしコイルに電流を多く流すとコアは磁気飽和を起こして強磁性体としての性質を失ってしまいます。コアが磁性体として動作するのは最大磁束密度以下で,この値を超えるとコアとしての働きはなくなります。

 (3)での磁束密度Bの式をみると電圧Vが一定なら,巻数Nが大きいほどコア内の磁束密度Bは小さくなることが読み取れます。コイルの巻数を増やせば磁気飽和しづらくなります。

 通常,最大磁束密度を超えない範囲で,巻数を少なく設計するようです。主に経済的な理由でそうします。ぎりぎりの設計をした電源トランスは,1次電圧が100Vを少し超えただけでコアが磁気飽和するそうです。コアが磁気飽和を起こすと,コイルのインダクタンスが極端に低下して,大きな電流が流れ始めます。国内で利用している1次100V,2次12Vの電源トランスを200Vの電源の国で利用すれば2次側から24Vの電圧が得られそうですが,つないだ瞬間に火を噴くことになるでしょう。

 ここで何回コイルを巻けば良いかを計算してみます。そのために必要なデータは,電圧[V]周波数f [Hz],コアの断面積[平方センチメータ],そしてコアの最大磁束密度[ガウス]です。巻き数を求める計算式は,先ほどの式をNについて解いた式です。

この式を使い具体的に計算してみましょう。

 例 コア TDK PC40EI40-Z A=1.48[平方センチメートル] B=5000[ガウス]

                AL値(=P)4860[nH/N*N] 

   V=12[V] f=40[kHz]

となり,0.92回巻けば12Vの電圧を加えても最大磁束密度5000ガウスを超えないことになります。しかし,これではギリギリですから,電圧が12Vを超えてもすぐに磁気飽和がおきてしまいます。従って,コアの大きさに余裕があれば1次巻線はもっとたくさん巻いた方が良いことになります。

 次に0.92回を1回とおき,励磁電流を計算してみます。,P=4860[nH/N*N]より40kHzの交流に対する電気抵抗Xは

X=2πL=6.28×40000×4.86×10−6=1.22Ω

従って励磁電流Iは I=V/X=12/1.22=9.8A になります。これでは励磁電流が大きすぎて使い物になりません。従って単にコアの最大磁束密度を超えない最低の巻き数では,効率的なトランスにはなりません。そこで,周波数を40〜100kHz,巻き数を1,2,3,4,5,6,7,8として励磁電流を計算してみます。なお1回巻きで最大磁束密度の条件を満たしているので巻き数が多くなれば超えることは決してありません。(電流はピーク値)

 この表の様に巻き数を増やせば増やすほど励磁電流は減少します。1次コイルの巻き数が多いほどコイルの電気抵抗を無視すれば,出力が小さいときの効率が良くなるはずです。

(5)2次コイルの巻き数

 トランスの電圧は巻線比に比例します。DC−ACインバータでは直流12Vから交流100Vを作るので,ピーク電圧141Vをみたすように昇圧することにしました。従って巻線比は12倍としました。

 スイッチング周波数80kHz,1次コイルを5回とすると,2次コイルは60回となります。

(6)コアの大きさ

 コアの大きさは,扱う電力によって決まります。コアの損失からくる温度上昇によって決まるようです。おおよそ次の表の様になります。文献(2)

(7)コイルの太さ

 コイルにはホルマル線などを使いますが,電流値によって太さが決まります。       

1次コイルで大電流が流れる場合は,複数の線を並列にして巻くことになります。 

(8)その他

 100Wクラスのトランスでは1次電流は10A程度になります。最初この電流でコアが磁気飽和するのではないかと心配しました。しかし,文献(3)P62にあるように,負荷を接続して電流が流れた場合には漏洩インダクタンスによってコアに磁束が発生するだけです。従って漏洩インダクタンスが十分に小さければ無視しても良いようです。実際に製作したインバータが動いたので,それほど心配する必要なないようです。ただ,できるだけ結合が良くなるように注意してトランスを巻く必要があります。

 コアにギャップを入れる必要があるのではと疑問を持つ人もいます。今回のように直流電流が流れない場合にはB−Hカーブでの動作点がずれることはないので,ギャップを入れる必要はありません。スイッチングレギュレータなどでは直流電流が重なるので,ギャップでAL値を調整し磁気飽和が生じないようにしています。

 しかし,直流電流が流れない場合でも,交流信号の正負の信号の面積が違ってくると,実質的に直流電流が流れることになるのでB−Hカーブの動作点が狂い,磁気飽和を生じる可能性もあります。

 

参考文献

(1)戸川治朗:トランス&コイルの設計と製作のポイント,トランジスタ技術1997年3月号,P243~251,CQ出版(株)

(2)戸川治朗:実用電源回路設計ハンドブック,CQ出版(株)

(3)山村英穂:トロイダル・コア活用百科,CQ出版(株)

 

3.インバータの製作@  (電源トランス利用タイプ)      

(1)疑似正弦波発信回路

 電源トランスを使ったインバータを設計・製作しました。利用したトランスは12V3Aの容量のトランスです。駆動パルスは疑似正弦波約55Hzです。疑似正弦波の発生はシュミットトリガー74HC14を使った発振回路のデューティーを調整し,Dラッチ74HC74で2分周した出力Q とのANDをとって作っている。   

 デューティー比を調整して,交流としての実効値を正弦波とあわせ込むことが可能です。矩形波で扇風機を駆動した場合,異音が発生しましたが疑似正弦波では滑らかに回転しました。

(2)バッテリーインジケータ

 発振回路で3個のICを利用します。余った回路を使ってバッテリーインジケータを製作しました。シュミットトリガーでヒステリシスを持つので約1Hzの信号で変調をかけ,点滅させる事でヒステリシスによる不都合を回避しています。

疑似正弦波発振回路

(3)プリントパターン

疑似正弦波発振回路 及び Hブリッジ駆動回路 プリント基板パターン

 

 Nch パワーMOSFETを駆動するドライバー回路です。ブートストラップ型ハイ・サイド・ゲート・ドライブ回路です。全て手持ちの部品で製作しました。元々はD級アンプのドライバー回路として紹介されていた回路です。少々大げさな回路になっていますが,他への流用もできるのでプリント基板を製作しました。

参考文献 稲葉 保:D級ドライブ回路の製作と実験,トランジスタ技術2003年8月号,P162~164,CQ出版(株)

 この回路がバッテリーインジケータを除いたインバータの全回路です。少々大げさな回路構成になってしまいましたがNチャンネルパワーMOSFETのみを使った回路としたためにドライバー回路が複雑になりました。しかし,汎用品で製作したことで誰でも製作できると思います。トランスに関しては手持ちの36AVの小型の物でしたのでなかなか性能が出ないようです。励磁電流が多い。高出力時の電圧降下が大きいなどです。トランスを選別する必要があります。

(4)性能

 36AVの電源トランスを使ったときの性能です。測定は正弦波ではないので交流電圧,電流計では正しい値が出ません。そこで負荷に直列に抵抗を挿入して電流波形を及び電圧波形をシンクロスコープで測定,疑似正弦波の波形の面積を求めて真の実効値に焼き直して計測しました。従って少々誤差が大きくなっていますが傾向はつかめると思います。

 無負荷では12V入力で0.25Aの電流が流れます。少々大きな値で,大型のトランスに変えれば小さくなるのではと思い120AVのものと交換したところ1A近い無負荷電流が流れてしまいました。トランスの2次側を1次として利用するのでトランスを吟味する必要があるようです。電源装置の関係で50W程度の出力までしか性能を測定できませんでしたが,すでにトランスの定格をオーバーしているため高出力時に効率が落ちています。しかし,スイッチング周波数が低いので,高出力動作でもFETに放熱板を付けていない状態で,手で触って発熱していることを確認しようとしても,分かりませんでした。従って効率を支配するのは電源トランスであると考えられます。

                     

4.インバータの製作A  (高周波トランス利用)      

(1)回路構成 

 交流100Vを作り出すために,先ず直流12Vを130Vに昇圧,フルブリッジで直流130Vを約55Hzでスイッチングして交流100Vを得る方式です。

(2)昇圧回路

 直流を140Vに昇圧するために80kHzでスイッチングして高周波トランスで電圧を上げ整流・平滑して直流130Vを作り出しました。PWM方式で直流電圧を安定化する場合が多いと思うのですが,単純なON−OFF方式を採用しました。(このような呼び方があるのかは不明)設定した電圧以上に出力電圧が上昇したときに,スイッチングを停止させて電圧を安定化する方式です。負荷が軽い場合間欠発振になるのでトランスから音が聞こえるのが欠点です。

  12Vを約130Vに昇圧する回路

 発振回路はNAND発振回路で,デューティー比が正確に50%になるように調整できるようにしました。しかしDラッチで2分周したほうが手軽です。(色々な回路を実験しながらたどり着いた回路なので必ずしもベストな回路とはなっていません。部品も手持ちの物で代用しました。ご勘弁下さい)

(3)定電圧回路

 定電圧制御のために発振のON・OFFを行います。しかし,ランダムなタイミングで行ってしまうとトランスのコアが磁気飽和するおそれがあります。(実験した結果,大きな励磁電流が生じたのでこの回路を考えた)

 74HC74(Dラッチ)は1周期単位でON・OFFさせるために,制御信号のサンプリングを発振回路の立ち上がりで行い,少なくとも1周期期間中保持させる目的で利用しています。

              

 ゲートのドライブ波形をみると無負荷では殆どの期間スイッチングが停止している事が分かります。ON・OFFの期間の違いで電圧を安定化しているためです。また無負荷電流を小さくするのに役立っています。

(4)トランス

 1次側は0.8φを2本並列にして3回×2,2次側は0.8φを37回×2,さらに0.2φのフォルマル線で3回巻いてあります。線の引き出しはボビンに1ミリのドリルで穴をあけ,穴を通して引き出してあります。

トランス・整流・平滑回路

(5)Hブリッジ回路

 直流電圧をHブリッジで55Hzでスイッチングして交流を得ています。波形は疑似正弦波で,パルスの幅を調整して実効値をあわせ込みます。

      

 

                                  出力波形とHブリッジ回路

 出力波形は写真のような疑似正弦波です。直流電圧の設定値が若干違っています。ご容赦下さい。55Hzのスイッチングを行っているパワーMOSFETは殆ど発熱しません。

 

(6)回路の性能

 昇圧回路の特性を測定しました。無負荷では10Vから15Vまで入力電圧が変化しても出力電圧は変化しません。負荷電流を増加していくと電圧降下が目立ち始めますがまずまずの特性です。

  昇圧回路の特性

 昇圧回路の効率は負荷電流が0.4Aの時に81.5%でした。DC-ACインバータの効率は従ってこのとき約80%程度が期待できます。

 DC−ACインバータの無負荷での入力電流は入力電圧12Vで170mAでした。扇風機も滑らかに動作しました。

                                 DC−ACインバータ

 完成したインバータはアルミシャーシの中に納め,小型のファンで強制空冷しました。発熱がある部分は80kHzで発信しているパワーMOSFETとトランスです。トランスの横から外気を吸い込んで,昇圧回路の上面から空気を逃がすエアフローで冷却しています。

 試行錯誤の繰り返しでまとめ上げた回路なので,かなり雑然としてしまいました。