送電線下での磁界測定
 

 最近,夏は狂ったように暑く,逆に冬は暖かくなったと感じる。地球温暖化の影響だと小学生も言う。21世紀は明るい未来と考えていた昔と違って,科学技術の負の遺産に苦しむ世紀であると悲観し,万能であると信じていた科学技術も自然界の調和を乱す悪であるとする雰囲気すら感じられる。確かに,経済原理に裏打ちされない科学技術は実用化されない。何らかの問題をはらんだ技術でも天秤にかけ利用した歴史は否定できないが,一概に間違っていたとは思えない。しかし,ある一面を強調し,意外性や暴露すことで注目を引こうとする報道で翻弄されてきた我々の対応は進歩の妨げになったはずである。

 東京電力柏崎刈羽原発でのプルサーマル計画を巡る住民投票で受け入れ反対派が過半数を占めた。茨城県東海村の臨界事故などを契機にした原子力えの不信が影響していることは間違いなく,必要以上に,不安を煽る報道をし続けたマスコミも見逃せない。これを契機に多角的に紹介し,個人に冷静な判断を委ねる報道姿勢があれば良かったと考えている。なぜならば,この状況が続けば,地球温暖化対策やエネルギー安全保障に影を落としかねないし,国の基本を左右する政策が,偏った考え方に翻弄された地域住民の意思にゆだねられることが正しいのかとの疑問もわいてくるからだ。

 かなり前になるが,環境問題をテーマにした講演会を聞いた。電磁界の人体に対する影響を強烈にアピールする内容であった。テレビを間近で見るのは良くないのレベルではなく,蛍光灯・電気カミソリ・電気毛布等全て電磁界が発生し白血病になるとの極端な内容であり,そこまで自信を持って言い切れるのかと不快感を覚えたほどであった。

 確かに電磁界の影響はないと断言は出来ないが,悪く言えばある種の新興宗教の教祖様の説法的な内容で,事実を基に説明しているのだが科学的公平性に欠け,自分に都合の良い部分を切り出して説得させる手法を使った話は鵜呑みに出来ない。しかし,この講演によって,電磁界の人体に対する影響に興味を持つことが出来た事は事実であり,講演者の意図するところがここにあるとするならば大変すばらしい講演であった言える。

 

磁界の測定

 送電線から生じる電磁界が話題になることがある。そこで送電線の下で実際に測定した。東京電力宇都宮工務所の方と今市開閉所付近、下郷線、南いわき幹線がはしる送電線下の草原にて磁界及び電界の値を測定した。利用した測定器は古河電気製で同時に3軸を測定できるタイプでで磁界(磁束密度)を測定することができる。

 現在日本においては磁界に関する規制値はないが,WHOの見解では50G以下では有害な生物学的影響は認められないと示している。実測値はこの値の10000分の1で,たいへん小さな値であった。蛍光灯型電気スタンドで生じる磁界の大きさとほぼ同じ大きさである。(資源エネルギー庁「電磁界に影響に関する調査・検討報告書H5.12」)

 測定地点の送電線の写真を見るとわかるように、何本もの送電線が交差している。磁界は電流値に比例するので、大きな値を示しそうであるが距離があるため小さな値になったと思われる。直線電流の周りに生じる磁界Hは I:電流[A]  r:電線からの距離[m] として

距離に反比例し小さくなる。また、3相交流は3本の送電線が一組で送電するため、それぞれの電線が発生する磁界がうち消される。また送電線は高圧で送電され、必ずしも電流値は大きくない。従って送電線直下で測定しても5mG程度の小さな値を示すことは不思議ではない。

 地中送電線の場合、シールドがしてあり接地もしてあり電界は外に出ない。手で触れることもできる。(送電線に触れたら命はない!)

 断面の細い物は3本撚って敷設される。従って磁界はうち消され外部に漏れる成分はあまりないはずである。太い2000mmのケーブルは3相のケーブルをまとめて配置するため少し距離をとると完全にうち消されるはずである。

 写真は洞道内のCVケーブル。左側は太く,撚ることはできないので、3相を送るケーブルが密着して並べてある。右側のケーブルは3本撚ってある。

 

2本の電線により生じる磁界の計算

 送電線は3相交流であるが,単純化して単相交流で磁界がうち消される事を見積もってみる。

 直線電流の周りには図1示した向き,大きさで磁界が生じる。例えば500Aの電流を流し,電線の中心から1mの距離での磁界(磁束密度)Bは

B=2×500÷1=1000 ミリガウス=1 ガウス

そこで2本の線を平行に置き,逆方向に電流を流した場合の磁界の大きさを計算してみる。2本の電線にはI[A]の電流が逆向きに流れ,間隔はd[m],2本の線の中心から磁界を測定するP点までの距離をr1,r2[m]とする。それぞれの電線が点Pにつくる磁界H,Hは 

      

HはH,H をベクトル合成する。平行四辺形の対角線がHとなる。そこでHの大きさを余弦定理をあてはめ,

     

      

ところで,x=αであるから

      

      

磁界Hに真空の誘電率μ0を乗じた量が磁束密度B[テスラ]となる。B=μ0H ,μ0 =4π×10−7 [H/m]より

      

1G(ガウス)=10−4T ,1mG(ミリガウス)=10−7T であるから,

 

 

例題1 電線の間隔:d=0.01m(1cm),電線と磁界測定点までの距離:r=1m,r=1m,電流:I=10Aの場合の磁界(磁束密度)Bは ,0.2ミリガウスとなる。

 

   r=1mで電流が10A流れる単線の場合の磁束密度Bは ,20ミリガウスとなる。

 

例題2 送電線下で磁界(磁束密度)の近似値を単相交流として近似計算してみる。

上図より,66kVの鉄塔の代表的な大きさd=2.8m,r1=18m,r2=20.8,電流はI=1000Aで計算。

B=2×1000×2.8÷(18×20.8)

=15mG

地中線をイメージして,d=0.1m,r=2m,r=2,I=1000A

B=2×1000×0.1÷(2×2)

 =50mG

仮に電線が1本で,1000A流れた18m離れた地点での磁束密度は,2I÷rより

B=2×1000÷18

=110mG

計算機による計算

 送電線は3相交流である。式Aの妥当性を検証するためパソコンで計算し確かめた。3本の送

電線の間隔をd1,d2,最下端の送電線の地上高y,磁束密度を計算する点Pのy軸からの距離を

                                → → →

x,送電線に流れる電流をI1,I2,I3とする。ただし3相交流であるからI1+I2+I3=0とした。送電線は無限に長い直線と考えた。

無限に長い直線に電流が流れる場合,距離rの地点での空気中の磁束密度Bは

       

図で,n番目の電流によって生じる磁束密度Bnは

       

Bnのx成分,y成分は

       

従ってP点での磁束密度は

       

以上の計算を,xを変えながら磁束密度を計算しグラフにまとめた。

 電線に流れる電流は鋼心アルミより線(ACSR)810mmの許容電流が1238Aであるので,1000A

を仮定し66kV鉄塔の高さを参考にy=18m,d1=2.8m,d2=2.3mとして計算した。

 この計算結果では送電線直下で約13ミリガウスで,式Aを3相交流に当てはめた場合と大きく違わない。従って単純に式Aで計算しても大きくは違わない。従って,送電線間の打ち消しを考慮すれば,距離の2乗に比例して磁束密度は小さくなると単純に考えても間違いではない。

 以上の計算で,新今市開閉所附近で実測した磁界(磁束密度)の値5mGの大きさは妥当な大きさであることが理解できる。巨大な施設であって,不安な気持ちを持つのも理解できるが,感情的に議論しては間違った結論がでるので注意したい。(単導体の場合,1000A流れることは少ないはずである。)

 送電線の場合,鉄塔の高さがかなりあることと,電線の距離がバランスしていれば打ち消しによる効果がかなりあるため小さな値になる。しかし,蛍光灯などは打ち消しの効果が少ないので意外な物が大きな磁界を発生する。

 

地中線での磁界測定

地中線では距離がとれないので磁束密度は大きくなる可能性がある。実測値をもとに検証した。

 東京電力宇都宮工務所菊池さんのご厚意で測定していただいた結果である。さすがに地中線の真上@では1ガウスの値を示している。しかし,1.8m離れたBでは71ミリガウスと急激に小さくなっている。従って地上ではほとんどゼロになると考えられる。そこで計算機でこの洞道の条件を設定し計算した。電流は500Aを仮定して計算した。

 地中線の場合,各相のケーブルが接近して配置されているため,少し離れると磁界はうち消されてしまうことが計算結果からも理解できる。従って地中線による電磁界の問題はほとんどないと考えてよい。

 

 

電界

 

 写真の電界強度計で測定した。電界はまわりに導体があるとその表面は等電位面になり、電界の分布が変わる。従って電界強度計に人間が近づくと電界の大きさが変化する。人体が導電体であるためである。従って測定は電界強度計から離れて、双眼鏡でメータを読む必要がある。測定結果は500V/mで雷雲発生時の地表での電界よりかなり小さい。なお電界は国内においては通産省令で3kV/mに制限されている。 ところで,1000kV送電の為に設計された鉄塔の高さは100m程度ある。写真の鉄塔は南いわき幹線にある高さ144mの鉄塔である。手前に見える雑草のように見えるのはリンゴ畑で,鉄塔の足の部分でとった写真で,人と比べるとその巨大さがわかる。 

 

            

      

 アメリカと日本を比較すると,設備の違いに驚く。徳丸仁著「電波は危なくないか」P135に次のような記述があった。それによると磁界が250mG,電界は8kV/m,で農機具から火花が飛んだり、蛍光灯がついたりといろいろな電気現象が起きていると記されている。

 

 日本では500kVクラスの送電線は地上高40m近くあるが,14.9mの高さと記されている。

 東京電力の送電線は電界の強さが3kV/m以下、磁界の強さは最大でも200mG程度で、通常は数mGから数10mG程度と説明されている。

 1000kV設計の鉄塔を下から見上げると目がくらむような高さがある。この鉄塔は東京電力で最も重い鉄塔で900トン以上ある。高さは144mある。現在500kVで送電されている。